Sunday, February 11, 2007

Oputimization of mankind

キリスト教は差別虐げられたもの希望であった
当然王侯貴族を見下し バカにする

哲学は金権力を見下しバカにする手段であった
真善美こそは金権力を徹底的に見下す

道徳は人をこき使う道具であった
権力の言いなりになることが
限りなく美しいと称揚する

人情世間体は残酷さを正当化した…
優しさで人を釣り 釣ったものを食う

どんなものにも反面がある
反作用だ
人間世界の自由の精神による解読が進むと
人間や世界の本性が現れる

悪は善を装い
人をおびき寄せて これを食う
ここに豊かな生活を達成
人間性は崩壊した

人類は豊かさのお菓子で
悪魔に悪魔屋敷に釣られた

豊かさや成功を求めない
これが悪魔に釣られないことだ
だが悪魔に釣られたがる人が圧倒的に多い
その方が豊かになれるから
そう思っていたが違うようだ

悪魔も必要
世界をバラバラにすることでしか
身体は生きられない

だが人に精神があった
これは世界をまとめること
即ち 自由の精神=何者にも打ち負かされない力

バラバラにするいい気分
打ち負かされないいい気分

この二種があることが分かった
そしてこのバランスが問題だ
これが最適化だ

それには二種の力の負帰還システムが必要だ
これは放っておいたら出来ない
ここに大人の知性社会が成立しつつある

人類に二種の人がいること
その最適化=知性化
この段階に人類は到達した
これが人類が大人になる段階だ!

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