Thursday, August 31, 2006

客観的普遍妥当性vs国家的完全絶対性

日本に西欧的合理性を入れて見た
西欧的合理性と日本的情動性
私小説
即ち両者の調停文学
日本の大学体系は西欧と日本の調停

ここに客観的普遍妥当性を入れたら
国家的絶対完全性に変態した
この情動的表現が神聖国家

これが日本人の到達した合理性
という感情
これほど不合理はない
それを合理性と感情した

これが私小説=調停文学としての
神聖なる=完全絶対的なる大日本帝国

感情の中での合理的普遍妥当性
これが国家性完全絶対性に調停された
これが屁理屈の正体

反対は神聖なる日本国の冒涜
賛成が神聖なる国家の国民の感情

ところでこの国家に国民は入っているか
国家は何か
調停によって成立した日本
完全絶対=支配&服従
あらゆる調停を超えた神聖国家の誕生

これ一体何
訳が分からぬが感情の中に存在する

それは合理的調停によって成立した
客観的普遍妥当性

これ一体何
感情を理性的感情で作り上げた妄想
それを妄想であることを知る理性がない
理性と思ったものは言霊理性であった!

心なき言霊はただの妄想…
日本システム
太平洋戦争はただの妄想だった
お上の私小説
高度成長、ただの妄想だった
お上の妄想小説

妄想がここに存在する!
感情理性
それは感情か理性か

国家に都合のいい方を取れ!
これが全知全能にして完全無欠なる絶対者

これが妄想であることの認識の出来る知性の獲得
日本問題

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