Tuesday, December 19, 2006

和解は可能か

感謝したがり人間がいる
ブログでもやたら感謝している人がいる
観察していると 非常に傷付きやすい人だ
傷付かない防御機構
これが感謝過剰心理だ

こういう人を観察すると
ブログではそういう個人生活が描いてある
人を傷つけた唖然とする話が書かれている
惚れた相手とはすぐ同棲する
頭にくれば解消する
或いは傷付きやすくて引きこもる

やっていることが極端だ
これを戦争和解に展開してみよう
和解をしようとすることは当然だ

だがナチスを支持するものを
逮捕する
ここまで出来るか
これは排除の論理である

和解に反対するものを逮捕する
一方日本のように
建前は反省 本音は反省なし
オウムの裁判のように
世間体は反省 信仰では反省なし
日本の反省はこれだ

反省を法で強要するドイツ
建前反省 本音でつばを吐く?日本
ドイツ式は妄想
日本式はウソ

元々戦争原因を考えれば
法治国家の排除思想が原因なのだ
妄想やウソでまとめる
偽自己や仮自己で対応する

結局人が愛し合わない
これが根本原因
金権力生存
ここに原因がある

ドイツでは理想的ワイマール憲法がナチスを産み
日本では自己陶酔的大日本憲法がA級を生んだ

愛を生きず金を生きる
これが原因とするのがいいのではないか

感謝しすぎ人間
結局この人たちも愛が足りない
愛されたこともなく だから愛したこともない

愛に頼らず生きることの困難や問題
感情に翻弄され支離滅裂な人の世界となる
これが地獄ではないか

愛がないから
金権力依存症候群
人も国もこの犠牲者
責任はどこにある
誰にもない
せいぜい誰にでもある

つまり加法群社会構造
ドイツ式謝罪は自分を絞め殺し
日本式謝罪は世界に袋叩きにされる=殺される
愛によるここんなひどいことにはならない!
それは乗法群構造だ

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